ふわふわ不和

都市と死

日高屋素描 1

財布のポケットからクシャクシャに丸めていた【モリモリサービス券】を引っ張り出し、テーブルに叩きつける。店内のチャイムのほとんどはいくら押しても反応しない。叫ぶ。誰もこない。店の奥からは不安になるタイプの咳が聞こえる。再び叫ぶ。店員が振り向く。店内は幅に比して奥行きがやたらと広く、そのせいかオペレーションは壊滅的だ。券をぶっきらぼうに差し出し中華そばを注文する。左隣のサラリーマン風の男はクチャラーで、そのうえ麺が伸びるのもお構いなしに聖教新聞を読みふけっている。この店舗で異様に食べ方の汚い人間に出くわすのは珍しくもない。「ホッピーセットはな、大人のハッピーセットじゃ」とつまらない冗談を聞いたことがあるような気がする。意外というか、味噌ラーメンのカロリーは野菜たっぷりタンメンよりも多い。湯が沸く音。右隣のブルーカラー風の男は昼間からサワーを頼んでいる。ちょい飲み路線の奏功。そういえば、看板メニューであるところの「ラ・餃・チャ」を頼んでいる客を見たことがない。「ラ・餃」で事足りるせいだろうか?どことなく才気を感じさせるベトナム人アルバイトが中年女性店員からレジスターの使い方を教わっている。「領収書というのは、この、この、長細ーい紙のことです。わかる?」テーブルに麺が運ばれてくるやいなや胡椒を3回振りかけラー油を一周しする。何十回とオーダーしているから、一口啜らずともスープの味は熟知している。店の奥からはさっきよりも大きな咳が聞こえる。中華そばとラーメンの差異はちょうど百貨店とデパートの違いのようなものだ。そういえばバクダン炒めを頼んだことがない。右隣の男は鼻をかんだナプキンを空になったラーメンの丼にぽいぽいっと放り込んでいる。ラー油を入れすぎた気がする。咳込む。会計。店員から【モリモリサービス券】を受け取るやいなやクシャクシャに丸め、手早く財布のポケットにしまい込む。

 

熱烈中華食堂